NAcでの⊿FosB発現と下流のGluR1/2バランスはストレス抵抗性に重要である

こんにちは。ひろ○です。
うつ病報酬系の関わりにまつわる面白い論文を紹介します。

ΔFosB in brain reward circuits mediates resilience to stress and antidepressant responses
Nature Neuroscience Volume:13, Pages:745–752 April 2010 Published

うつ病の患者では意欲の低下、興味・快楽の消失等の症状が現れることから、従来はうつ症状に報酬系の機能低下が寄与していると考えられていました。
しかしその事実を直接示す研究結果はほとんど無く、また近年NAc(側坐核)へのDBSがうつ病治療に有効であるという報告が相次いだことから、NAcの過剰な興奮状態が逆にうつ症状へと寄与しているのではないか、と考えられるようになりました。
ちょうど同じ頃、うつ病の発症をより上手く模した新たな動物モデルである「Social Defeat Model」が報告され、そのモデル動物においてVTA→NAcの入力が亢進していること、NAcのBDNFが増加している(人においても同様)ことなど、うつ症状やうつ様行動における報酬系の異常な機能亢進が示唆されました。

本研究ではこのSocial Defeatを用い、うつ様行動を引き起こすマウス(susceptible群)とストレス抵抗性のマウス(resilient群)の違いについて検証しています。

その結果、
・social defeatはうつ様行動(social avoidance)を引き起こした。
・social defeatはNAcの⊿FosB(転写因子の一種)を増加させたが、resilient群ではsusceptible群に比べてより大きく増加した。⊿FosBのNAcにおける過剰発現により、うつ様行動はレスキューされた。
・異なるストレス系(social isolation)によってもsocial avoidanceは引き起こされたが、これはNAcでの⊿FosB過剰発現によりレスキューされた。
フルオキセチンSSRI)の長期投与はsocial defeatによるうつ様行動を回復させ、この際にNAcの⊿FosBはより増加した。

ここまでで、social defeatへの抵抗性にはNAcの⊿FosBの増加が重要であることが示唆されています。
⊿FosBは転写因子なので、その下流に注目してみると・・・

・social defeatにより、susceptible群ではNAcのGluR1が増加、GluR2は減少。resilient群ではGluR1は変わらずに、GluR2が増加。(GluR2は⊿FosBの下流因子。実際にChIPアッセイを行った結果、resilient群ではGluR2プロモーターへの⊿FosBの結合が亢進していた。)
・susceptible群においてNAcのGluR2を過剰発現させると、うつ様行動はレスキューされた。
・NBQXのNAcへの投与により、うつ様行動は減弱した。

これらから、⊿FosBの下流に位置するGluR2の増加がストレス抵抗性に重要であるらしいことが分かります。
GluR2を含むAMPAがカルシウム非透過性、GluR2を含まないAMPAがカルシウム透過性であることを考えると、ストレスに応じてGluR1が増加・GluR2が減少し、GluR1/GluR2比が上昇する(AMPAの機能が亢進する)ことがうつ様行動の惹起に重要であると考察されます。反対にGluR1/GluR2比の上がらない個体では、ストレスに対し強い抵抗性を持つとも考えられます。

ちなみに臨床研究も行っており、
うつ病患者でNAcの⊿FosBが減少
うつ病患者でNAcのGluR2が減少
といった、上記の研究と矛盾しない知見が示されています。

長くなりましたが・・・
本論文は、冒頭で述べた「報酬系の過活動がうつ症状に繋がる」という最近の流れを支持するものだと考えられます。これは一見おかしな仮説にも思えますが、報酬系神経細胞の多くは感情を揺さぶるような刺激全般(嬉しい/恐ろしいなどに関わらず)によって活性化されることが知られています。よって報酬系における可塑性の上昇は「ストレスに対する嫌な気持ち」を増幅させる方向へと働いて、社会性の低下や不安状態などのうつ症状に繋がっている可能性が考えられると思います。
しかし、報酬系の活動上昇が快楽・意欲の亢進に働くことも事実です。よって今後は、報酬系のどのような神経細胞(どこから入力を受け、どこへ出力するのか等)の活動変化がどのようなうつ様行動に寄与しているのか、を明らかにする研究が望まれると考えられます。また臨床においても、症状(絶望・不安・興味や快楽の消失・社会性低下など)と報酬系の状態の関係性を追求することが必要であり、報酬系の活動状態に応じた個別の治療戦略を提供していくことも重要であると思います(報酬系に限りませんが)。

ひろ○