脳損傷による記憶障害は新しいものを見知ったものと見なしている

遅れて申し訳ありません。実験と研究報告にかまけておりました。
先日ついにクリオの犠牲となりました。軽く貧血起こしました(笑)。2年以上使っていて初です。不覚…。やはり睡眠不足で一日クリオはいかんですね。みなさん気をつけてください。
今回ご紹介するのはこちら。
Paradoxical false memory for objects after brain damage. McTighe SM, Cowell RA, Winters BD, Bussey TJ, Saksida LM. Science. 2010 Dec 3;330(6009):1408-10.
ちょっと珍しくobject recognitionです。

    • -

脳を損傷すると、新しい情報を学んだ直後はそれを思い出すことができるが、少しでも時間が空くと思い出せなくなる。これは、情報が失われるか、情報にアクセスできなくなることによると考えられる。このような記憶障害では、以前見た情報を新しいものであると誤って解釈すると考えられている。しかし筆者らは、ラットを用いたobject recognitionにより、記憶障害では「新しいものを見知ったものと解釈する」のだと示した。

通常object recognitionではあるobjectを学習させ、テスト時にすでに学習したobjectと新しいobjectを提示し、被験者に学習したobjectと新しいobjectを区別させる。Perirhinal cortexを損傷すると、このタスクが障害されるが、この通常のタスクでは、一方のobjectの存在がもう一方のobjectへの探索や評価に影響を与えてしまうため、新しいものを見知ったものと見なすのかその逆なのかが判断できない。
そこで筆者たちは、新しいobject recognitionのメソッドを考えた。あるobjectを学習させ、テスト時には学習したobject2つ、あるいは新しいobject2つ(同じもの)を提示する(Fig1)。これにより、それぞれのobjectの評価がもう一方の評価に影響しなくなる。Intactなラットでは、テスト時に新しいobjectを提示したほうが探索時間が長かった。Perirhinal cortexをlesionすると、学習したobjectと新しいobjectの探索時間は変わらなかった。このとき、学習したobjectの探索時間が増えたのではなく、新しいobjectの探索時間が減っており、新しいobjectをすでに見知ったものであると解釈したことが示唆される(Fig2A)。
筆者らは以前に、このタスクの障害は、学習とテストの間に何らかの干渉があることによることを示している。そこで、学習とテストの間にラットを暗室に入れておき、外部からの干渉を減らすと、lesionによるobject recognitionの障害がレスキューされた(Fig2B)。
これらの結果から、筆者らはlesionによる記憶障害について、lesionによってobjectの特徴を大まかにしか捉えられなくなり、学習時とテスト時の間に入ってくる外部からの様々な刺激の持つ特徴と、新しいobjectの特徴とが結びつき、新しいobjectを見知ったものと見なすのではないかと考えている。
本論文の結果は、従来の記憶障害の概念への再評価の必要性を投げかけるものである。

    • -

学習障害が、学習したものを新しいものと見なしてしまうのではなく、新しいものを見知ったものと見なしてしまうというのはとても興味深かったです。また、単純な行動試験の工夫で新しい知見を見出したのはすごいなと思いました。発想力は大事ですね。今回の結果のメカニズムについてはまだ憶測の域を出ていないので、より掘り下げていってほしいところです。

an